大学に入ってからもう4年も経つらしい。
いつだって思うことはおんなじで、「もうあの時大人びて見えた4年生か」とか「全然大人にもなれていない」とか、この先どのコミュニティに行っても思うであろうことをまた思っている。
建築学生には大きな宿命がある。卒業設計。
大学四年間をかけて学んできたことの集大成であり、自分の作品第一号のような、そんな立ち位置。気合いも入る。4月から、もっと前から意識して頭の隅っこに置いておいてあるアイデアたち。
卒業設計は大学4年をかけて学んできたこと、の集大成であると同時に、4年かけて感じてきたこと、の集大成でもある。
自分の4年間はというと、
もちろん一言で済まして良いものでは無いし、人並みに色々なことがあったけれど、
人間的にはびっくりするほど前に進めていない。
というか、高校3年間を今もひきずっていて、それが亡霊のように、浮かんでは消えを繰り返すような4年間だった。
高校で、何があったわけでもない。ひとりぼっちだっただけ。
高校2年生のときに、それは起こった。5人グループだった。3年間クラス替えは一度も無かった(中高一貫コースで2クラス分くらいしか生徒数がいなかった)。
グループ、というものに属した人ならだれでも分かるかもしれないが、グループの中でも小さい派閥がある。その最小単位はいつも2人だった。
自分のグループも、2人組と3人組がくっついたもので、自分は2人組の片割れだった。
1年の時は2人と3人で、上手くやっていると思っていた。
でも、2年になって、文理に選択授業が分かれたとき、わたしはその2人組のもう1人と違う選択になってしまった。その時から、自分以外の4人で、違う派閥になってしまい、わたしはそこから身をひく以外になかった。なかったというか、その小さい派閥から、置いてけぼりにされた。
そのことに気づいてからすぐに、自分の居場所が分からなくなってしまった。2年の授業がはじまって2日とかだったと思う。
その違和感が確信に変わってからも、自分はいるグループを変えられなかったし、変えるつもりもなかった。
どうしてか、このことに気づいてから整理がいったことがある。
中学の時も5人グループだった。
なぜ気づかないでいられたんだろう、と今では思うが、中学の時も自分は二人組と二人組とひとり、のひとりだったのだ。
自分の孤独に気づき、過剰に苦しみ過剰に周りを遠ざけて、他の4人には恐ろしく迷惑を掛けたと思う。
高校時代の自分が一番恥ずかしく情けない。
孤独を盾にひどい態度を取ったし、壁を作った。
そうしなければもっと4人と仲良くなれただろうか。それか、もっと傷ついたかな。
5人でいるのに明らかに表情のおかしいわたしを、はぶらないで輪に入れてくれたし、ずっと気を遣わせていたと思う。ごめんね。
でも、自分は自分の孤独に耐えるので精一杯で、というか耐えられなくてたくさんこぼして溢れさせていて、高校2年間ずっと「早く過ぎろ」と願っていた。
楽しいことだってあったのに、そういう日ばっかり思い出す。
ずっと泣いていた気がする。自転車で帰りながら、学校に行く準備をしながら、学校で泣いてしまった日もあった。
どうしたら良かったか、もうずっと分からないでいる。
その5人グループで、今も連絡を取る友人が一人だけいる。
受験期にたくさん話して、お互いに支えて、趣味も似ていて。高校時代以外に話せることがたくさんあるから、唯一くだらない連絡を取り合えていた友人だ。
でも、その子を介して他の3人の話を聞くたび、自分の心は高校生に戻っていくことに気づいた。
その子を介して他の3人に会ったりしても、また取り繕って本心を隠して、嘘か本当かも分からない「また会おうね」をひねり出して終わる。
もう疲れた、と思ったのが今年の9月。
その子にも、もう会えないかもしれない。
その子に会うたびにわたしは高校生の自分になって捻くれてしまうし、単純に忙しさが違うとか、趣味が合わなくなってきたとか、いろいろ。
高校時代のコミュニティをすべて捨ててしまうのも、今が最後のチャンスかもしれない。
高校時代の自分に、自分の行動に、反省と未練はあってももう戻れないのは事実だから。
あの時を思い出して感情をこすりつづけるのはやめにしたい。
健康ではないから。
高校生を終えてようやく冷静になれるかと思ったけど、会うたびに思い出すたびに、何度も新鮮に死にたくなる。
だからあの頃に自分の気持ちを帰すのを、もうやめにする。
そのために卒業設計をする。ふんぎりをつけるのだ。
わたしの卒業設計の目標は、「自分と友達になること」だ。正確に言うと「高校生の自分と、友達になること」。
彼女は今のわたしと地続き、というかほとんど一緒なのだけど、それでも。
彼女は、今のわたしよりよっぽど死への執着が酷かった。死と孤独。
その根底にあった強烈な自己否定感を、わたしもいまだに持っているのだけれど、彼女と友達になれたら、少しは巨大な敵たる「死」に、立ち向かえるかな。
卒業設計が終わって3月になったとき、わたしはどれだけ彼女と、いやわたしと、仲良くなれているだろうか。
好きなドラマがある。「僕らは奇跡でできている」。
何話か忘れてしまったけど、主人公の一輝くんは友達が居なくて平気なのか、と訪ねられて「一番友達になりたかった人と友達になれたので。僕です」と返す。
わたしもこう言える人になりたいと思った。
今がそのチャンスかもしれない。